
【ラツィオ版サッリボール】SSCラツィオの戦術を6局面分析で徹底詳解!(後編)
ラツィオ戦術分析後編、いよいよサッリボールの核心であるボール保持の局面を見ていきたい。
前編ではボール非保持の局面について分析しているのでこちらも合わせて参照してみてほしい。
目次
運ぶ局面
サッリボールの目的とは?
サッリボールと言えば、ボールを細かくつなぐパスサッカーであることは周知の事実だ。そして、そのスタイルはラツィオにも着実に根を張ってきている。
データサイトFBref.comによると、
- パス総数:17634(セリエA2位)
と、サッリの古巣であるナポリに次いで2番目のパス数を記録している。
さらに、それらを高さと長さによって分類すると、
〈パスの高さによる分類〉
- グラウンダー:13371(セリエA2位)
- ハイパス:2314(セリエA最下位)
〈パスの長さによる分類〉
- ショート:7676(セリエAトップ)
- ミドル:6759(セリエA2位)
- ロング:2564(セリエAで下から3番目)
となっている。グラウンダーのショート/ミドルパスを徹底して用いていることがよくわかる。細かいパスをつないで崩していく、サッリボールの片りんはすでに表れているのだ。
さて、ここで疑問になってくるのがサッリはなぜ多くのパスをつなぐことを選手に要求するのか、だ。
当代屈指の名将ペップ・グアルディオラも「ティキ・タカには何の価値もない」と切り捨てている通り、相手の前で目的のないパスを何本つないだって意味がない。
グアルディオラに言わせれば、パスをつなぐ目的は「相手の陣形を崩しながら自分たちの陣形を整えること」。こうして相手の守備陣形を切り崩しながら、ボールを失ったとしても自分たちの整った陣形を活かしてすぐに奪い返すことで試合を支配すること。これがグアルディオラがパスをつなぐ目的である。
それでは、サッリにとってのパスをつなぐ目的は何なのか。それは「前向きの選手をつくりだすこと」である。
2歩進んで1下がる
ビルドアップがうまくいかないチームの特徴として、選手が後ろ向きにボールを受けてしまうことが挙げられる。相手ゴール方向に背中を向けてしまえば、当然相手からは圧力をかけられ、潰される。
風間八宏氏も著書『風間八宏の戦術バイブル』で
前向きな選手の数を数えると、そのチームの攻撃がうまくいっているかわかる
と言及している。それくらい、前向きでボールを持つことは大切なのだ。
前向きでボールを持つことを実現するのに最も簡単なのは、縦パスを受けた選手がターンすることだ。しかし、敵陣でマンツーマンを基準にプレッシングを行うチームが多くなった現代サッカーにおいて、そう簡単にターンをさせてはもらえない。そもそも背後に対する認知やターン技術、クイックネスなど求めらる能力は意外と多い。
これをもっと簡単にできないかと考えたサッリが生み出したのが、レイオフの連続だ。レイオフとは落としのパスのことだ。
たとえばGKがボールを持っていて、CBに前向きにボールを持たせたいとする。このとき、CBに直接パスを出してしまってはいけないわけだ。どうするのかと言えば、アンカーを経由する。CBのひとつ前に構えているアンカーに当てて、アンカーにレイオフさせる。こうすれば、CBはターンせずとも前向きにボールを持てるわけだ。そこからCBをスタート地点として同じことを繰り返していく。
2歩進んで1歩下がる、の連続。これを繰り返すことで前進していくのがサッリボールの狙いなわけだ。

サッリの理想はこんな感じ。1人の前向きな選手を作るために2本のパスをつなぐ。だから、サッリボールではパスが多くなるのだ。
このとき、縦パスを出す選手、レイオフする選手、レイオフを受ける選手いずれも体の向きに対して無理なプレーをしていないことがポイント。
人が難しいプレーをしなくて済むよう、ボールを動かす。
これがサッリボールの発想なのではないだろうか。
列を作るために列を減らす
さて、レイオフの連続で進んでいくためには列をたくさん形成する必要がある。2歩進んで1歩下がるという構造上、いくつもの列をピッチ上に形成しなければ距離が遠すぎてプレーの難易度が上がってしまうからだ。
ところが、今季のラツィオのビルドアップ時の配置は下の図のような4-2-4だ。列が3つしかない。

ルイス・アルベルトが下がり目、ミリンコビッチ=サビッチが高め。インサイドハーフの非対称性により4-2-4のような配置になるのが今季のラツィオだ。
これではいけないように見えるが、それはボード上の硬直した見方でしかない。
最初の4-2-4配置から各選手が移動することで列が増えるから問題ないのだ。初期の列を減らしておくことで列と列の間に隙間を作り、選手が移動したときに自動的に列が増えるようにする。この発想はシモーネインテルにも通じるものがある。
主に列を降りるのはインサイドハーフと3トップの面々が適宜列を降りてレイオフ役となる。彼らがパスワークのハブになるのだ。
さらに、ポイントになるのが列を降りた選手が元居た場所にはスペースができるということ。ここに次の選手が流れていき、前向きにボールを持った選手に選択肢を提供する。この連動性も非常に重要になる。
このパスワークにおいて、特に重要な役割を果たしているのがミリンコビッチ=サビッチだ。
〈FBref.comより、ミリンコビッチ=サビッチに関するデータ〉
- パスレシーブ数:1928(セリエAトップ)
- 縦パス供給数 :114(チーム内2位)
インモービレの脇くらいまで高い位置を取ったところから、引いてくさびを引き出すのか裏に飛び出して一気に強襲するのかを適宜判断し相手に的を絞らせない。ゆえに、セリエAで最もパスの受け手となっている。レイオフの連続でボールを運ぶサッリボールにおいて絶対に欠かせない選手になっている。
特筆すべきなのが縦パスをレイオフする(下図1⃣)のではなく、そのまま横に流す(下図2⃣)技術。
通常は2歩進んで1歩下がるところを、横に渡せば2歩進んだ場所を次のパスワークのスタート地点にできる。これをうまくこなしているのはミリンコビッチ=サビッチだけで、極めてに有効なスキルだ。
スペースを見つけだし、適切なタイミングで侵入するための戦術眼をこれほど高いレベルで持ち合わせている選手だとは思っていなかった。サッリが新監督に就任したことで眠っていた資質が開発され、組み立てにおいて絶対的な核になっている。
それでいて8ゴール9アシストと崩しの局面でも絶大な存在感。空中戦に強く、ミドルシュートにフリーキックまでこなし、パスセンスがあって守備もひととおりできる。
足が遅いことくらいしか欠点がない、パーフェクトなMFとして大成した印象だ。
セリエA最強のMFは誰ですか?と聞かれたら、ミリンコビッチ=サビッチと答える。
— マツシタ (@bun_bun_bu) March 4, 2022
それでは、これらの原則が実際の試合でどのように運用されているのか試合画像で確認してみよう。

最前列から引いてきたセルゲイにサイドバック(ヒサイ)からくさびが入る。セルゲイは原則通り体の向きに対して無理なプレーをせず、カタルディにボールを預けて前向きの選手を作り出した。

そして、セルゲイが引いたことでできたスペースをアタックするインモービレ。この連動性がサッリボールの肝だ。

ボールを受けたインモービレは、無理せず横にいたザッカーニへ。危険なゾーンでフリーかつ前向きな選手を作り出すことに成功し、得点につながった。
↓ 当該場面の動画
ラツィオらしさも出ている
さらに、サッリボールの特徴がやり直しの多さだ。
- 縦パス成功数:937(セリエA11位)
と、パス総数がリーグ2位であるわりに、それに占める縦パスの割合は非常に低くなっていることが読み取れると思う。
ちなみに、パス総数トップのナポリは縦パス成功数でもリーグ3位。ラツィオがいかに横パス・バックパスを用いているかがよくわかる。
おそらく、サッリはレイオフの連続をスピーディーに行うことを重要視している。レイオフによって前向きな3人目にボールを持たせる連携を素早く連続させることで、相手に対応させないまま崩しきるのだ。そのために、縦パスの選択肢が見つからず流れが詰まったら躊躇せずボールを戻し、またイチからやり直す。これがサッリボールの特徴でもある。
だから、パスをたくさんつないでいるように見えて得点を奪うシーンではけっこうスピーディーにボールを運んでいる。
そんなわけでバックパスを多く用いるサッリボール。最終ラインが多くボールを持つことになるのだが、ここから一気に前線のアタッカーたちにロングボールを送る形も織り交ぜているところがラツィオらしいなと感じる。
前編でも言及したように、シモーネ体制下の5年間で鋭いカウンターを磨き上げてきたラツィオは、エースのインモービレをはじめミリンコビッチ=サビッチに両ウイングなどスペースを素早くアタックするプレーに長けた選手が多くいる。そのため、彼らが裏のスペースへ飛び出した時にはこれをシンプルに使うことが多い印象だ。
- ロングパス成功率:69.6%(セリエA4位)
と、非常に効果的にロングパスを用いていることがデータからも見えてくる。
ここらへんはEURO2020で欧州王者に輝いたイタリア代表にも通じるものがある。
細かいパスワークを基本としながら、それに固執せずに要所要所でダイナミックな展開を織り交ぜる。これが、バックパスを多用するサッリボールとの相性が案外いいのだ。
ナポリ時代には相手がプレスに来た時もそれをショートパスで打開していた印象が強いサッリだが、ラツィオではバックパスで相手を引き込み、一気にひっくり返す形を多く用いている。シモーネ体制の遺産を取り込んだ、ラツィオ版サッリボールの特徴として紹介しておきたい。
↓ ミリンコビッチへのロングボールからの崩し
崩しの局面
2歩進んで1歩下がるは崩しでも
スピーディーに相手を攻略するという狙いがあるため、サッリボールにおいては運ぶ局面と崩す局面がシームレスになることが多い。
ゆえに、レイオフの連続でフィニッシュにまで至ってしまうのが究極の理想形だろう。
↓ ローマダービーで決めた先制点はサッリボールの理想形だ。
ここにおいて非常に重要になってくるのがインモービレの役割だ。先ほどの動画のように高い位置に残ってポストプレーをすることもあれば、下の動画のようにサイドに流れたり、はたまた中盤に降りたりとダイナミックに動き回って前線をかき回す。そうしてパスの受け手になりながら、味方アタッカーが侵入するためのスペースを作り出す。
↓ インモービレが空けたスペースに侵入したザッカーニが挙げた得点
自身の得点はカウンターシチュエーションから奪うものが多いが、相手にある程度引かれたら今度は味方のためにスペースを作り出すことでチームに貢献する。
アッズーリでスタメン起用に疑問符を付けられるなどパスワークを重視するスタイルとの親和性が疑問視されるインモービレだが、サッリ政権下のラツィオでもここまで21ゴールで現在セリエA得点ランキングのトップに君臨している通り、ポゼッションスタイルでも十分に機能できる選手だといえるだろう。
クロスボールに課題あり
さて、スピーディーにボールを運べた時に破壊力を発揮しているサッリのラツィオだが、スピードに乗れないとき、すなわち相手に引かれたときの崩しには大きな課題を残している。
相手に引かれたときに中央突破を図るのは難しいため、サイドか崩していくことになる。しかし、このサイド攻撃の迫力が不足してしまっているのだ。
特に深刻なのがクロスボールが上がってくるときに中の枚数がいつも足りていないこと。ひどい時にはインモービレ以外にターゲットがいないことも。ミリンコビッチ=サビッチを筆頭に数枚が入ってくることもあるが、基本的には迫力不足という印象だ。
結果として
- ペナルティエリア内へのクロス成功数:49(セリエAで下から3番目)
というデータが出ていることも納得だ。
↓ 下の場面でも、クロスが上がってくるときに中央にインモービレしかいない。
また、サイドバックの関わり方にも改善の余地があるだろう。ウイングがボールを持った時にサイドバックが効果的なランニングを見せられていないことも可能性が高いチャンスを作り切れない要因となっている。
- ゴール数:57(セリエA2位)
とリーグ屈指のゴール数を誇るラツィオだが、期待値を見ると
- ゴール期待値:42.1(セリエA8位)
とそこまで質が高いチャンスを量産できているわけではないことがわかる。
- ゴール数-ゴール期待値:+14.9(セリエAトップ)
と、期待値に対する実際の得点数の上振れはリーグトップだ。まだまだ改善の余地があるといえる。そしてそれは、相手に引かれたときの崩しの形の構築に求められるだろう。
ナポリ時代には左WGのインシーニェのクロスに右WGのカジェホンが飛び込むという必勝パターンを構築していたサッリ。現在の相手に引かれたときの停滞感をいかに打破するのか、今後も注目していきたい。
あとがき
インザーギ体制からの大幅な方針転換の影響もあってシーズン序盤には不安定な面があったサッリラツィオだが、後半戦10試合を5勝3分2敗で駆け抜け5位に浮上した。特に、10試合のうち6試合をクリーンシートで終えたように守備が安定し、負けないチームになってきている。
このままEL出場権を確定させ、さらにその先も見据えられるか。今後を占ううえで非常に重要なのが明日に迫ったローマダービーだ。
第6節に行われた一戦では3-2で勝利しているが、今回はどうなるか。
堅守速攻を武器とするローマとのホコタテ対決は今から非常に楽しみである。
あわせて読みたい 関連記事
ラツィオ関連の記事一覧はこちらから