
【異端の古典的フットボール】エンポリの戦術を徹底詳解!
2022年に入り、21-22シーズンも後半戦がスタートしている。
今シーズン目を見張るのはプロビンチャ勢の充実だ。強豪クラブがこぞって監督を交代し、新体制を軌道に乗せるためのシーズンと位置付けていることも影響しているが、それを除いても例年の上位陣に食らいつきリーグを盛り上げるのに一役買っているクラブがいくつもあることは賞賛に値するだろう。
そんな今シーズンにあって、8強に続く9位で前半戦を折り返したエンポリFCは象徴的な存在だといえる。
昨シーズンにセリエBを優勝して1部の舞台に戻ってきた彼らは昇格組であるエンポリ。シーズン前には昇格の立役者となったアレッシオ・ディオニージ監督をサッスオーロに引き抜かれた関係もあって厳しい見方をする向きもあったが、ここまで安定して勝ち点を積み重ねて中位グループをリード。ナポリ、ユベントス、フィオレンティーナといった上位陣に対しても勝利を収めており、その実力は各所で認められつつある。
エンポリを率いるのはこれで3度目というアウレリオ・アンドレアッツォーリ新監督は68歳で今季のセリエA最年長。若手監督が増えてきた中でベテランの意地を感じる戦いぶりだ。
一方でスカッドの平均年齢は24.8歳と非常に若く、強豪クラブから注目される逸材が各ポジションにそろっている。
最年長監督が率いる若きチーム、エンポリ。彼らはいかにして台風の目となっているのか。今回はエンポリFCの戦術について徹底的に掘り下げていこうと思う。
目次
フォーメーション
エンポリは近年みることが少なくなってきた4-3-1-2を採用している。
不動といえるのはGKヴィカーリオと右SBストヤノビッチくらい。その他のポジションは積極的にローテーションを採用しており、多くの選手が出番を得ている。上のフォーメーション図では、各ポジションで最も先発回数が多い選手を表記している。
彼らが特徴的なのは、攻守両面において4-3-1-2を崩さないこと。近年では常識になってきた可変をやらないわけだ。よさげにいうなら古典的、悪く言うなら時代遅れである。しかし、それでも前半戦9位。しっかりと結果が伴っている。彼らが一体どんなサッカーをするのか、具体的に見てみよう。
攻撃
縦に速いビルドアップ
まずは自陣でのボール保持、ビルドアップについて見てみよう。
エンポリのビルドアップにおいて特徴的なのが縦への速さだ。
FBref.comよりデータを引用してみよう(以下のデータはすべてFBref.comより引用)
- パス総数 9399(セリエA13位)
- 縦パス成功数 743(セリエA6位)
リーグ順位から相対的にみると、パス総数に対し縦パスの割合が非常に高いことがわかる。上記データは縦パス「成功」数であるため、失敗したものも含めると縦パスの数はもっと増えるはずだ。
さらに、サイドチェンジの数は非常に少ない。
- サイドチェンジ 200(セリエA18位)
彼らは左右にボールを動かして相手を揺さぶることが少ない。相手のプレスが相当激しい場合は仕方なくやり直すが、そうでなければ多少雑だろうが縦に放り込む。
ロングフィードの供給源となるのはCBである。
〈90分あたりファイナルサードへ届けたパスの成功数〉
- リッチ :4.7
- ロマニョーリ:4.4
- トネッリ :4.3
- シュトゥラツ:4.2
- パリージ :4.1
- イスマイリ :3.7
- ルペルト :3.2
このように、上位のうち半分をCBの選手が占めている。
エンポリのビルドアップの基本的な流れはこうだ。GKのヴィカーリオがCBに渡し、1⃣タイミングが合えば2本目のパスで縦へボールを供給する。これがダメなら2⃣サイドバックに渡し、そこから斜めのくさびを狙う。サイド経由で素早く縦へ縦へとつないでいくわけだ。
これが叶わなかった時は一度やり直し。その間にリッチがCBの間に降りて3バックに可変、両脇に広がったCBが再び縦パスの供給役となる。
そうしてサイドに開いたセンターバックやサイドバックからのパスを相手が警戒されてくればリッチが空いてくる。彼はチームに変化を加えるレジスタとして機能していて、長短のパスを駆使して攻撃を司る。
エンポリのビルドアップ部隊は基本的に2CBとレジスタのリッチだけ。この少ない人数でも成立しているのはリッチの素早いサポートと的確な散らしが大きいのである。
サイドを起点に崩しのフェーズへ
それでは、縦パスはどこで、だれが受けるのか。
ここで4-3-1-2のシステム的特徴を思い返してみよう。そう、サイドバック以外にアウトサイドレーンにポジションしている選手がいないのだ。ゆえに、通常ウイングがいるべきスペースは空いている。ここに2トップの一角やトップ下、もしくはインサイドハーフが斜めに流れることでロングボールを受ける。システムの構造上空くスペースを人とボールの待ち合わせ場所として設定しているわけだ。

斜めに走り込むプレーヤーが最終ラインからの縦のフィードの受け手となる。
〈縦パスレシーブ成功数〉
- ピナモンティ :131
- クトローネ :97
- バイラミ :93
- ディ・フランチェスコ:90
- ヘンダーソン :79
- ズルコフスキ :46
ボールは相手最終ライン裏に落とすのが基本。こうすることで相手を背走させ、一気に押し込んでしまう。
- オフサイド数 52(セリエAトップ)
というデータは彼らの狙いを如実に物語っている。
↓ サイドバックからの裏へのパス1本でチャンスを作り出したシーン。これが彼らの理想とするところだろう。
また、内から外へ斜めにランニングすることは副次効果ももたらす。これに相手が釣られることで、サイドから中央への斜めのくさびのコースが空くのだ。ここから中央の密集を利用した連携へ持っていくパターンもエンポリの攻撃の形のひとつである。

エンポリはビルドアップ時に2-3-3-2(4-1-3-2)のような形をとる。インサイドハーフがトップ下と並んで2列目を形成し、トップとの距離を近くすることでセカンドボール回収率を上げる狙いである。ここにくさびが入ってきた場合は連係プレーに持っていきやすい形になっている。

ナポリ戦のワンシーン。トップ下のバイラミが大きくワイドに広がることでマリオ・ルイを引っ張り、CBとの間にギャップを生じさせている。

このランニングによってバンディネッリからクトローネへの直接のパスコースが開通し、一気にチャンスを生み出した。
クロス連打!
このようにエンポリのビルドアップの仕方を見ていくと、彼らはサイドレーンを起点に同レーンを縦方向へ進んでいくことがわかる。ゆえに、崩しの局面ではそのままサイドが起点になる。
流れてきた2トップの一角にインサイドハーフ、サイドバック、場合によってはトップ下が絡み、細かい連係から素早く深い位置に運ぶ。
エンポリはここからもうひとつ内へ侵入する!みたいな現代的なことはしない。サイド深い位置にボールを運んだらそこからどんどんクロスを放り込め!という、いたって古典的なスタイルでゴールを狙う。
- ペナルティエリアへのパス成功数 216(セリエA4位)
- クロス数 274(セリエAトップタイ)
やっていることはシンプルかつ普通なのだが、ここまで徹底されているといつかはゴールを割ってしまう。雨垂れ石をうがつ、である。
ターゲットになるのはピナモンティやクトローネら2トップの選手たち。彼らが競り合ったこぼれ球をミドルシュートで突き刺す形からも多くの得点が生まれている。
↓ サイドに人数をかけたところから縦に突破し得点を演出した場面。
↓ クロスボールのこぼれ球を押し込んだ場面。前線に人数をかけているので、こうしたこぼれだまをプッシュする場面を再現性を持って作り出せている。
守備
アグレッシブにプレッシング
ここからは守備面についても見てみよう。
エンポリは守備時にも4-3-1-2を崩さない。これは極めて特殊な事例だ。普通は前線に2枚、もしくは1枚のみを残して最終ラインやMFラインに人数を割くのが現代サッカーの常識。しかし、エンポリは2トップ+トップ下の3枚を前線に残し、後方部隊は7枚。1枚ないし2枚少なくなっている。
前線に残る2トップ+トップ下の3枚は相手が4バックの場合は2CB+レジスタを、3バックの場合は3CBをマンマークしてサイドにボールを誘導する。
そこからサイドにボールが出てくればインサイドハーフが斜めに出ていって迎撃。最終ラインも大きくスライドしてボールサイドに陣形を圧縮し、選択肢を排除する。

2トップ+トップ下で中央の選手をマンマークしサイドに誘導、ボールが出ればインサイドハーフが斜めに出ていってプレス。サイドバックも思い切って高い位置に出ていき、縦の選択肢を消す。こうすることでFW、インサイドハーフ、SBで縦、横、斜めの3つの選択肢を排除する。その他の選手たちも大きくスライドし、ボールサイドの密度を高める。
この設計は2トップ+トップ下で中央を消してサイドに誘導するやり方はアタランタとよく似ている。エンポリが異なるのはMFライン、最終ラインいずれにも5枚を割いているラインがないことだ。
ひとつのラインに5枚割いていれば大きくスライドせずともピッチの横幅を確保できるのだが、一方で5枚を割いていないラインが手薄にはなる。
一方、エンポリはMFラインが3枚、最終ラインが4枚であるため両ラインに献身的なスライドが求められる一方で、ボールサイドへの密度はかなり高まる。
一方で逆サイドには大きなスペースが広がることになる。ゆえに、相手からすればサイドチェンジ一本でチャンスを作り出すことが可能になる。
それをやらせないためには、相手に自由を与えないための強度が必要になってくる。ゆえに、サイドチェンジを許さぬくらい激しいプレスが被るようになる。設計上、そのプレスは高強度にならざるを得ないわけだ。
- タックル数: 372(セリエA4位)
- タックル勝利数:239(セリエA3位)
- アタッキングサードでのタックル数:61(セリエAトップタイ)
- プレッシング数:3193(セリエA3位)
- アタッキングサードでのプレス数:778(セリエA3位)
このように、エンポリはリーグでも屈指のプレッシング/タックル数を記録している。サイドチェンジを許さぬよう、かなりシビアにプレスに出ていっていることがよくわかるのではないだろうか。
高い位置で狙い通りボールを奪えば、そこからお得意の縦に速い攻撃を開始。素早くボールを運んでショートカウンターを仕掛ける。
- シュートにつながった守備アクション:13(セリエA6位)
と、彼らの高強度プレスが攻撃にも転化されていることがデータからも裏付けられている。
現代サッカーにおいてはかなり異端的な、というか実現がかなり難しいスタイルを各選手のスタミナと強度で成立させてしまっているわけだ。ローテーションを採用しているのも彼らが採用するスタイルが関係しているのではないだろうか。
相手に押し込まれるともろさを見せる
一方、相手にプレスをかわされてしまったらどうするのか。エンポリはそれでも4-3-1-2を崩さない。トップ下の選手は変わらず相手のアンカーをマークし、サイドチェンジをけん制するのだ。
つまり、4-3-1-2で守備ブロックを組むメリットとデメリットはプレッシングの時と変わらない。ゆえに守備時のふるまいは、自陣だろうが敵陣だろうが変わらない。
〈タックル数をエリア別にみると…〉
- ディフェンシブサード:181(セリエA3位)
- ミドルサード :130(セリエA9位)
- アタッキングサード :61(セリエAトップタイ)
〈プレッシャー数をエリア別にみると…〉
- ディフェンシブサード:1082(セリエA5位)
- ミドルサード :1333(セリエA4位)
- アタッキングサード :778(セリエA3位)
このように、エンポリはオールエリアプレッシングを採用している。採用せざるを得ないといったほうがいいかもしれない。サイドチェンジをされてしまったら一気に相手にビッグチャンスを作られてしまうのだから。
ただ、現実はそこまで甘くはないらしい。エンポリは自陣に押し込まれるともろさを見せてしまう。MFラインが頑張ってボールサイドにスライドするため、逆サイドが大きく空く上これに対応できる選手がサイドバック1枚しかいない。ここで数的優位を作られて…みたいな場面が多くみられる。
- 被ペナルティエリア内へのクロス 224(セリエAトップ)
というデータを見ても、エンポリは自分たちがそうであるのと同様にクロスボールから多くのチャンスを作られていることがわかる。
↓ ボールとは逆サイドのインサイドハーフが戻り切れず、クロスボールから失点したシーン。
結果として、
- 失点数:42(リーグで2番目に多い)
- 被ゴール期待値:38.0(セリエAで2番目に大きい)
と失点数がかさんでいる。
ただ、これは直近3試合で12失点を喫していることが大きい。それまでの失点数は11番目で、ある程度守備は機能していたと評価できる。
大きいのは最後の砦、守護神ヴィカーリオの活躍だ。
- セーブ数 83(セリエAトップ)
- 被ゴール期待値-失点数 +1.4(セリエA3位)
このように、仕事の量はリーグでも屈指ながら、ここまでは見事に期待に応えるパフォーマンスを見せているといえる。彼がいなければ、エンポリはもっと失点していたはずだ。
↓ ヴィカーリオのセーブ集。
あとがき ~今後の展望~
現代サッカーでは攻撃側がピッチを目いっぱい使って攻めてくる。そのためにシステムを可変させる。これに対応するために、守備側もまた工夫を凝らしている。5バックが流行しているのも、守備時にピッチの横幅をカバーすることがひとつの目的となっている。
そんな中で、最高齢の指揮官アンドレアッツォーリが時代に逆行する、いや時代に取り残された無可変で超サイド圧縮なスタイルで結果を残している。サッカーはこれだから面白い。
実際には現代サッカー側の狙い通り横幅を使われて失点をしてもいる。まあ、そんなことはアンドレアッツォーリさんもわかっているだろう。彼からすれば、それにどう対処するかではなく「そもそもそんな場面を作らせるな!激しく寄せろ!」ってな発想なんだと思う。ここら辺はトレードオフを受け入れているように見える。
- 平均走行距離 111.55km(セリエA2位)
エンポリは守備時にも攻撃時にも常に強度が高くよく走るスタイルであり、ゆえに走行距離はリーグ屈指だ。
しかも、チームで最も走っているリッチの走行距離はリーグ全体のランキングで50位に過ぎない。つまり、特定の誰かがめちゃくちゃ走るわけでなく、チーム全員が平均してかなり走っていることになる。攻守にアグレッシブで、チームとしてよく組織されたエンポリらしいスタッツだ。
エンポリの強さの秘訣は、この全員に徹底された意思統一だと思う。徹底したクロス爆撃もそうだが、各選手が迷うことなくタスクを遂行している。
サッカーの戦術は最先端だから強いわけではない。チームとしての意思統一、そして可変を殺す強度。これがあれば古典的なサッカーでも成立することをエンポリは身をもって体現している。そういう意味で、とても面白いチームだと思う。
ただ、懸念もある。先ほど直近3試合で12失点ということを紹介したが、これは過密日程からくる選手の疲労による影響が大きいように見える。
これからリーグが進むにつれ、チームに疲労の蓄積が進んでいくことは間違いない。先ほど触れたように、エンポリはチーム是認がよく走るチームである。そして、現在のスタイルは高強度を維持できなければ成立しない。
昨シーズンには、同じように強度が高いスタイルで前半戦を11位で折り返したべネベントが後半戦に大ブレーキがかかって18位で降格している。
アンドレアッツォーリの老練な手綱さばきで後半戦も台風の目となれるか、それとも坂道を転げ落ちてしまうのか。今後も注目のチームだ。
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