
【カテナチオやめたなんて誰が言った?】イタリアvsスペイン マッチレポ
EURO2020準決勝第1試合、イタリアvsスペイン。この試合は今大会最高の戦術戦だったと言っていいだろう。互いにスーパースターと言える選手を持たない両チームがここまで勝ち上がってこれたのは、タレントの差を補って余りある組織力があったから…。そのことを存分に示してくれた一戦となった。
そんなイタリアvsスペインのピッチ上で何が起こっていたかを徹底的に掘り下げていくマッチレポをお届けしようと思う。
目次
スタメン
前半 スペインが提示したイタリア攻略法
前半、スペインは攻守両面においてイタリアを圧倒していたイメージが強いと思う。攻撃の組み立て方、相手のビルドアップに対する制限の仕方ともによく練られていて、それが非常によくハマっていた。イタリア側からすれば一方的にやられていたイメージもあるだろう。だが、ラスト10分にはイタリアも相手のプレッシングのエラーを見つけて攻略し始めていたことに気づいただろうか。これら一連の流れを見てみよう。
ゼロトップでイタリアのプレスを混乱させる
まずはイタリアのプレッシングから見てみよう。
- インモービレがラポルトに対して内からプレス。
- インシーニェがエリック・ガルシアに対して内からプレス。
- バレッラが相手のキーマン、ブスケツをマンマーク。
- それによって空くペドリに対してはジョルジーニョがスライド。
インシーニェを絞らせて来ることで、右へ右へと追い込もうとするのがイタリアのプレッシングの狙いだった。
この狙いを狂わせたのが、モラタに代わってダニ・オルモを起用したスペインの偽9番戦術だ。
- ダニ・オルモが中盤に引いて行くことでジョルジーニョが空いたスペースに侵入。イタリアの中盤3枚に対してダイヤモンドを形成して数的優位を確保、中盤を支配。
- 両ウイングがイタリアのCB、SBの両方に影響を及ぼせる立ち位置をとっていたことも見逃せない。
ジョルジーニョが前に出ていくことで空く中盤のスペースにダニ・オルモが引いてくることでイタリアを混乱させたのである。
スペインの偽CFに対してイタリアも対応していくわけだが、そのイタリアの対策に対する突破法も持っていたのがこの日のスペインだ。
まずはキエーザを絞らせて中盤の数的不利を解消する場合。こうなった時、空くのが左SBのジョルディ・アルバ。これをしっかり理解していたスペインは、素早くボールを動かしながら機を見てジョルディ・アルバへ正確なフィードを送り届けることでイタリアのプレッシングを無効化した。
一方、ダニ・オルモに対してボヌッチが出ていく場合。この場合、右インサイドハーフのバレッラがブスケツのところまで出ていっているため、ラポルトの目の前にはスペースがある。ここにラポルトがドリブルで持ち運んできたのだ。
ラポルトがボールを持ったままドリブルで中盤に侵入することでイタリアの中盤を引き付け、そこから生まれる連鎖的なマークのずれを的確に突いてボールを動かすことでスペインは試合を支配した。あわててバレッラが出ていくと、空いたブスケツから展開される。ジョルジーニョが出ていけば、空いたスペースにダニ・オルモやフェラン・トーレスが入ってきた。
現代サッカーにおいてCBのドリブルが重要であることがよくわかる事例だった。
ここまで説明してきたような戦術的な準備ももちろんすごかったが、それ以上に個人個人のパスサッカーへの適性はさすがというほかなかった。
CBのビルドアップ能力の高さ、中盤ダイヤモンドを構成する選手たちのポジショニングのうまさにパス精度、ターンのうまさなどはこれまでに対戦してきたどのチームよりもワンランク上だった。特に偽CF起用されたダニ・オルモのターンのうまさは別格だ。チーム戦術でも個人戦術でも、スペインは「らしさ」を見せて試合を支配していたのだ。
イタリアを追い詰めたスペインのプレッシング
ゼロトップ戦術によってイタリアを苦しめた印象が強いスペインだったが、それ以上によく設計されていたのがプレッシングだ。これまでの試合では相手がどんな形でプレッシングを仕掛けてきても素早くその穴を見つけて攻略してきたイタリアだったが、今日はそれを見つけ出すのに相当苦労した。そのスペインのプレッシングの仕組みはこうだ。
- 1トップのダニ・オルモがCBボヌッチをマンマーク。
- 左WGフェラン・トーレスは右SBディ・ロレンツォをマンマーク。
- 左MFペドリがアンカーのジョルジーニョをマンマーク。
- 右MFコケが降りていくヴェッラッティをマンマーク。
- キエッリーニだけをフリーにし、彼にボールを誘導。
- 右WGオジャルサバルがエメルソンを切りながらキエッリーニにプレス。
- 右サイドは切られているので、キエッリーニは中央にボールを送らざるを得ない。しかも、左からオジャルサバルが寄せてくるので利き足ではない右足でだ。こうして不正確なボールを真ん中に入れさせ、7vs6の数的優位を確保した中央エリアでボールを回収、ショートカウンターへ。
このプレッシングが非常によく機能していて、イタリアはビルドアップもままならなかった。裏のスペースをできるだけ早く使うよう意識を強めていたこともあり、イタリアはクリーンな形でボールを敵陣に送り届けることができないまま35分を迎えることになる。
35分、ようやく回答を出したイタリア
前述のスペインのプレスでは、構造上エメルソンはフリーになる。それゆえ、もうひとりプレスがかからないGKのドンナルンマからエメルソンへ直接ロングフィードが入ればスペインのプレスは無効化できるはずだった。
しかし、この日のドンナルンマはなかなかエメルソンを見つけられず、キエッリーニ同様中央にボールを入れてはロストしていた。それだけスペインのプレッシャーが厳しかったのだろう。前半最大のチャンスとなったダニ・オルモのシュートも、ドンナルンマのフィードを中央で引っ掛けたところから生まれている。
ドンナルンマがようやくエメルソンへフィードを送ったのが、前半35分だった。
時間はかかったものの、一度スペインの穴を見つけた後の修正の速さはイタリアもさすがだった。エメルソンが突破口になりやすいよう、配置に一工夫加えている。
まず、ヴェッラッティがコケを引き付けたままサイドや高い位置に流れ、ミドルサードの左ハーフスペースにスペースを準備する。
そうしたうえでエメルソンにボールを入れる。このタイミングに合わせてインシーニェが空いたスペースに侵入、ここを利用してエメルソンとワンツーすることでスペインのプレスを回避し、エメルソンがフリーかつ前向きな状態でボールを前進させることに成功していく。
このように、前半のほとんどの時間帯でスペインに押されていたイタリアだったが、最終的には攻略法を見つけている。インシーニェとエメルソンの絡みからポスト直撃のシュートが生まれたのも決して偶然ではないだろう。このままいけば、イタリアにも勝機がある…。そう感じ始めた矢先だったが、イタリアは大胆な戦術変更を行うのだった。
後半 イタリアの勝算と誤算
そう、後半のイタリアは高い位置からのプレッシングを放棄して自陣にしっかり守備ブロックを構築することを選択したのだ。前半の終わり際に相手のプレッシングを外せ始めていたので驚きだったが、たしかに相手の攻撃を対応できるようになったわけではなかった。ならいっそのこと最後の局面以外は自由にやらせてしまおうという発想だろう。これがどう作用したのか見てみよう。
「カテナチオ」に勝算あり
後半のイタリアは基本的には前線からのプレッシングは行わず、前半と比較して明らかに重心を下げた。
- ブスケツ番をバレッラからインモービレにスイッチ。
- バレッラが中盤にとどまることで相手のトライアングルをインモービレ+中盤3枚で抑えられるように。
この変更によってイタリアはスペインの攻撃の怖さを消すことに成功した。まだ同点のうちから「カテナチオ」を採用するとは思わなかったが、それでも守り切れるという勝算がマンチーニにはあったのだろう。
ゴール前のスペースを消してしまえばスペイン自慢の中盤は怖さが半減する。ミドルシュートに対してもドンナルンマで問題ない。そして、偽CFを採用している以上フィジカルに優れたターゲットとなる選手がいない。だから、サイドからクロスが上がってきても問題なく跳ね返せる。イタリアは偽9番の利点である中盤の数的優位を消すと同時に、そのデメリットであるフィジカルタイプの選手の不在を利用したのである。
そして、マンチーニには守備だけでなく攻撃面でも勝算があったはずだ。前半からイタリアはスペインの高い最終ラインの裏を狙っていた。ところが、相手のプレスの厳しさもあって裏へ入れるのが早すぎた。だから、相手に対応されてしまった。それならば、相手にボールを渡して自陣におびき出し、裏のスペースを広げた上で改めてその背後を狙おうという考えだっただろう。
ポゼッションばかりがピックアップされがちな今のアッズーリだが、カウンターのキレ味も欧州屈指のレベルだ。だから、機会は少なくてもカウンターからでも得点できると踏んだはずだ。
そして、その狙いは理想的な形で結実する。スペインの攻撃をサイドに追いやってクロスボールを蹴らせ、これをドンナルンマがキャッチしてカウンター発動。ヴェッラッティ→インシーニェ→インモービレと素早くつなぎ、最後はキエーザがルーズボールを拾って決めた。
🇮🇹 Chiesa’s curler at Wembley 🥰
Goal of the Round contender? 🤷@GazpromFootball | #EUROGOTR | #EURO2020 pic.twitter.com/9A0mpTWn47
— UEFA EURO 2020 (@EURO2020) July 6, 2021
もちろんスペインの出来は素晴らしかったけれど、それだけが原因でイタリアが押し込まれてたまたまカウンターから一点を奪ったわけではないということ。攻守両面で狙いを持ってカテナチオを選択して戦ったはず。そして、その狙いは達成されたのだ。
順風満帆に見えた。しかし…
得点と同時にイタリアはベラルディをインモービレに替えて投入。より守備力に優れるインシーニェをブスケツにつけて制限を強化するとともに、攻撃時にはゼロトップのようにふるまってタメを作り、イタリアのカウンターの基準点として機能した。スペインから偽9番のアイデアを盗んだわけだ。マンチーニの采配は本当に見ていて面白い。
一方、スペインは62分にモラタを、70分にジェラールとロドリを投入。モラタとジェラールを前線に置きパワーを加えて崩しにかかると同時に、ブスケツとロドリを並べることでインシーニェのマークを混乱させようとした。
これに対し、マンチーニはラファエウ・トロイとペッシーナを投入。左に移したディ・ロレンツォをジェラールにつけてスペインのパワーに対応。さらに、イタリアは改めてプレッシングを再開する。
- ペッシーナをブスケツに当てる。
- インシーニェをひとつ押し出してエリック・ガルシアに対してプレッシャーを掛けさせる。
- 逆サイドからは途中投入のベラルディが外切りでラポルトにプレッシング。
- ロドリにバレッラ、ペドリにジョルジーニョをマッチアップさせてパスコースを制限。
偽9番が解除されたのなら中盤に数的優位を作られることはない。それならば勇気をもってプレスをかけ、相手の自由を奪おうという考えだ。いったん引いてしまったチームが1点リードの場面で前に出るという選択ができるのは本当にすごいと思う。
このように、スペインの打つ手ひとつひとつに丁寧に対応し、思うようなプレーをさせないイタリア。このまま逃げ切るかに思われた。
しかし、イタリアが再びプレッシングに出たことで中盤にはスペースができ始めていた。特に、ジョルジーニョがペドリにアタックすることで、その背後にはスペースができていた。それでも、偽9番がいなくなればここは使われないと踏んでいたのだろう。これがマンチーニにとって誤算だった。
このスペースに引いてきたのが、純粋なCFだと思われていたモラタだった。中盤に引いて行ってフリーでボールを受けたモラタが前を向いて仕掛け、ダニ・オルモとのワンツーでイタリアのゴールをこじ開けたのだ。
Spain 80’ Morata
Spain execute positional play perfectly with this play, occupying 7 lanes across the field. Nice progressive pass from Laporte to start the move. #esp #EURO2020 pic.twitter.com/udNbWrhYic
— False_9ine (@false9inefutbol) July 7, 2021
モラタの投入で偽9番が解除されたと思ったら、モラタが偽9番的な動きをしてきたのだ。この誤算で、イタリアは中央からブロックを破られてしまったのだった。完全に逃げ切り体勢に入っていたマンチーニにとっては想定外の事態だっただろう。
あとがき
延長は後半戦同様の一進一退の攻防が続いた。スペインがボールを握って押し込めば、イタリアもカウンターで押し返す。それでもお互いに決定機にまでは行きつかず、120分で決着はつかなかった。結果的にPKでイタリアが勝ち抜けを決めるわけだが、引き分けが妥当な好ゲームだったと思う。スペインが敗者かと問われてYesと答える人はいないんじゃないだろうか。
それくらい(特に前半は)出来が良かったスペインを相手に、アッズーリはよく戦ったと思う。前半の30分くらいまでは、あのまま力で押し切られてもおかしくないくらい一方的な展開だった。でも、徐々に攻略の糸口を探り当てていく流れはよかったし、ビルドアップから攻略しかけていた流れを切り捨ててでもカテナチオ的な戦い方を選択できたこと、そしてその流れの名で狙い通りの先制点。市の後は相手の出方を見て再び前線からのプレスに移行。イタリアが何もできていなかった状態から、戦い方を変化させて五分にまで戻したという意味で、彼らの戦いぶりもまた素晴らしかったと思う。
イタリアは決してカテナチオを捨てたわけではないのだ。あくまでもレパートリーのひとつになっただけ。その他にもたくさんの武器を持つに至っただけだ。「カテナチオ」も「ポゼッション」もイタリアを表すには不十分だ。今のアッズーリの強さの本質は、様々な選択肢を持ったうえでそれを適切に選択していけることにある。柔軟に相手の嫌なところをつけること、それができるレベルの組織力と一体感があることこそが、今のアッズーリの強さの源泉なのである。
残すは決勝のみ。ここまで来たのなら、記憶だけでなく記録にもその名を刻んでほしい。イタリアはそう思わせるチームだ。
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