【自動運転車になった時、クルマはもう車ではない】車の未来を妄想してみた

【自動運転車になった時、クルマはもう車ではない】車の未来を妄想してみた

2020年12月25日 0 投稿者: マツシタ
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自動車業界はいま、大きな転換期をむかえている。各国が電気自動車へのシフトを進めるとともに、自動運転化も急ピッチで進んでいる。10年後には自動車の姿は大きく変わっていることだろう。

今回は自動運転車の未来について考えてみようと思う。

結論から先に言ってしまうと、自動運転になった時、クルマは以下のふたつになっていると考えられる。

  1. 移動式のプラットフォーム
  2. 多目的の端末

どういうことか見ていこう。

 




 

クルマはプラットフォーム化する

自動運転になるということ、我々が運転を行うためについていた車のパーツがすべて不要になるということを意味する。もちろんハンドルはいらないし、ウインカーもワイパーを動かすためのスイッチもなくなるだろう。レバーもいらなければ、ミラーもいらない。そもそも、運転する必要がないのだから前向きに座る必要すらない。

そう、クルマが自動運転になれば運転に関連する装置が不要になり、クルマの中には何もない空間が残る。何もないということは何にでも使えるということ。ここに「移動式多目的空間」が出現した。

移動以外にも様々な目的に利用できるのだから、クルマはずっと駐車場で待機している必要はないだろう。日本では95%以上の時間でクルマは稼働していないが、この「死んだ時間」を有効活用するために車の多目的空間化は好都合だ。

乗客を目的地へ送り届けた後は運搬用車両や移動式の会議室として利用される。余暇時間には移動式の出店なんかとしても利用できるだろう。

もしかしたら、クルマに住み始める人だって出てくるかもしれない。金曜日に仕事を終えたら夜行バスがごとく「移動式住宅」が寝ている間に移動してくれて、土曜の朝からリゾート地でリフレッシュ…なんとも魅力的な生活ではないか。

こうなったとき、クルマは乗り物ではなくプラットフォームになっている。様々な用途に応じて「場」を提供できる、動く空間だ。もはや自動運転車を乗り物としてとらえる人などいなくなってしまうのではないだろうか。

 




 

クルマはスマートフォン化する

前項ではクルマの利用という面に焦点を当ててきたが、ここからはクルマの技術面についてみてみよう。

自動運転車には5Gが欠かせないといわれる。最適な交通を自動で実現していくためには、自動運転者同士の通信が欠かせない。そのために、多数同時接続・高速通信という機能を持つ5Gは欠かせないのである。

このことから、自動運転車には通信技術が装備されることになる。そうするとクルマの修理はほとんど行われなくなり、代わりに自動運転のOSのアップグレードが行われることになるだろう。スマホやゲームの機能が1.0から2.0にアップグレードされるのと同じ要領である。クルマの「OS」は常にアップグレードされ続け、快適な運転が実現されていくのだ。こうなったとき、もはやそれは乗り物ではなく車輪がついた端末なのではないだろうか。

さらに、通信技術があるということは、クルマにアプリをダウンロードすることもできるかもしれない。室内にVR映像を投影するアプリや車の窓をスクリーンに見立ててそこで映画を観賞できるようなアプリをダウンロードして移動中に楽しんでいるかもしれない。

なにしろ自動運転によって移動時間はまるまる可処分になるのだ。多くの人が電車でスマホゲームをするように、クルマの移動時間をターゲットにしたエンタメは必ず現れるだろう。

こうなってくると、もはやスマホの進化版だ。クルマは乗る端末になるのだ。目的地へ移動はクルマが持つ機能のひとつにしか過ぎなくなる。それ以外の多くの機能が重視されるようになっていくだろう。

スマートフォンだってそうだ。もともとは携帯電話だったが、いまや本来の電話としての機能は「その他大勢」のうちのひとつでしかなくなっている。これと同等にクルマはスマートフォン化するのだ。

もしかすると、未来にはスマホなんかなくなり、ひとり1台のクルマをもち、その「中で」チャットからゲーム、動画視聴、移動までを行っているのかもしれない。

 




 

あとがき

将来、本当に車が多目的端末になったとき、有利になるのはアップルなどのスマホメーカーだろう。日本はこの分野にめっぽう弱い。世界で成功しているスマホメーカーは日本にないのだ。現代日本の主力産業である自動車産業はこの変化についていけるのだろうか。もし日本の自動車産業がすべて淘汰されたとき、日本経済への壊滅的な打撃は避けられないだろう。

しかし、これは逆にチャンスかもしれない。まったく新しいスタンダードができていくということは、まだその世界に覇者がいないということだ。ここを日本が押さえることができれば、再び日本経済が大きく成長するエンジンになれるだろう。

これはピンチであり、チャンスだ。どちらに転ぶかは、我々次第。どうせなら、チャンスに変えてしまおうじゃないか。