「陰キャラ」「陽キャラ」に思うこと

「陰キャラ」「陽キャラ」に思うこと

2020年10月31日 0 投稿者: マツシタ
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「陰キャラ」「陽キャラ」という差別用語

昨今当たり前のように使われている「陰キャラ」「陽キャラ」という言葉。私は、これが嫌いだ。

「陰キャラ」という言葉は陰気な、おとなしい人を表す言葉としてネット上で用いられていた言葉だ。対して、「陽キャラ」という言葉は陽気で明るい人を表す言葉だ。そこまではいいと思う。世の中には明るく社交的で友達が多い人もいれば、物静かでおとなしく、人と群れるよりも一人でいることを好む人がいる。

このような人たちに対して名前を付けることは昔からされてきた。「社交的な人」「一匹狼」などの言葉は、「陽キャラ」「陰キャラ」という言葉が登場するもっと前から使われていた。

しかし、「陰キャラ」「陽キャラ」という言葉と、以前までの言葉には決定的に違うところがある。この言葉はある種の差別性を含んでいるのだ。

陽キャラという言葉はいわゆるリア充と結びつく。そこまではいいのだが、完全に「陽キャラは勝ち組、陰キャラは負け組」という考え方が定着している。だから、みんな頑張って陽キャラにならなければいけいないと勘違いしているのではないだろうか

ためしに、関連キーワード取得ツールという、ある単語と同時に検索されているキーワードを表示できるサイトで「陽キャラ」について調べてみよう。すると「陽キャラになるには」という検索キーワードがBingの第2位となっている。Googleの方でも、「陽キャラ なる方法」「陽キャラ なりたい」「陽キャラ 羨ましい」などの検索ワードが上位に来ている。やはり、明確に陽キャラのほうが上だという考え方が浸透していることがわかる。

逆に陰キャラについて関連キーワード取得ツールで調べてみると、「陰キャラ 〇ね」「陰キャラ きもい」「陰キャラ 嫌われる」といった非常にネガティブなワードとともに検索されている。これを見れば、「陰キャラ」という言葉が差別的であるということは明白だ。

この言葉はスクールカーストを助長していると思う。陽キャラがスクールカースト上位、陰キャラがスクールカースト下位。陽キャラが上なのだから、陰キャラはバカにされてしかるべき。そこから抜け出すには、カースト上位へ行くしかない。つまり、陽キャラになるしかない…。

これまではっきりとは見えてこなかったスクールカーストにわかりやすい「陰キャラ」「陽キャラ」という名前が付いたことで誰にとってもわかりやすいものになった。そのために、この言葉によって階層構造が学校に形成されている。そして、この階層構造になじんだ人たちが成長していくことで社会全体に階層が形成されつつある。

階層の下にいて虐げられている「陰キャラ」たちにもフラストレーションがたまるのは当たり前だ。「陽キャラ うざい」「陽キャラ うるさい」「陽キャラ 嫌い」といったワードも上位に来ている。社会全体が二分化し、まるで陰キャラvs陽キャラの内戦状態だ。

今、日本ではこの「陰キャラ」「陽キャラ」というワードを起点に社会全体が分断され、生きづらくなってきている気がするのだ。

 




 

しょうもない陰陽論はやめにしよう

ここでもう一度考えてみてほしい。本当に全員が陽キャラにならなければいけないのだろうか。

先ほどの関連キーワード取得ツールでは、「陰キャラ 陽キャラ くだらない」「陰キャラ 何が悪い」といった検索ワードも上位に入っている。みんなうんざりしているのだ。

そもそも、全員が陽キャラになることなんて不可能だ。「陽キャラ なれない」という検索ワードが上位に来ていることからもそれは明らかだ。全員がイケメンでコミュ力があって、テニス部やバスケ部、サッカー部に所属していることなんてありえないことはわかるだろう。

好きなこと、やりたいことが人それぞれ違うのは当たり前の話だ。そこに「これが絶対に正しい」というモノサシを持ち込むことがおかしいのだ。だから、あなたがいわゆる「陰キャラが好きなもの」を好きだからといって気にする必要はないし、それを改める必要もない。

あなたが何を救になるのかは遺伝子レベルの話で、私たちにはどうしようもない。むしろ、なんで自分に合わない生き方をしなければいけないのか。他人の目を気にして生きづらくなるくらいなら、そんなものは気にしなくていい。自分が好きなものを捨ててまで、「陽キャラ」になろうとしなくていい。

「陰キャラ」「陽キャラ」によるカーストが激しいのは中学・高校だ。この記事を読んでいる人の中にも、学校で苦しい思いをしている人がいるかもしれない。でも、希望を持ってほしい。大学では、そんなものを気にせずに生きていくことができるようになる

大学にはクラスというものがなく、中学や高校の時のような閉鎖性はなくなる。だから、陽キャラが嫌なら遠くへ離れてしまえばいいのだ。遠く離れたところへわざわざ絡んできていじめられるようなことはほとんどない。

大学という場は、自分が好きなことに打ち込むことができる。卒業要件を満たしさえすれば、それ以外は非常に自由にすることができるのだ。だから、自分らしく生きればいい。

さらに言えば、高校までのスクールカーストと社会に出てからの成功には全く関係ない。むしろ社会に出てからは「お前そんな感じだったっけ?」とでもいいたくなるような、全く目立たなかった人が成功をつかんでいることのほうが多いくらいだ。

今は社会に出てからの働き方の選択肢がどんどん広がってきているので、ある程度までは自由にやれる。インターネット技術の発達で、自宅で仕事をすることもできるようになった。人と会わなくても働けるようになったのだ。

社会はどんどん多様化し、いろんな人や生き方が混在する社会になってきている。価値観が多様化していけば、「正しさ」もそれぞれの価値観に沿って変わる。だから、何が「正しい」のかは自分で決めなければならないようになる。

そんな流れの中で、「陽キャラが絶対正義、それ以外は全員負け組だ」なんて考えが古すぎるし、狭すぎるこんなことを言っているのは日本だけだ。世界はどんどん多様性を受け入れて共存する方向へと進んでいるということを覚えておいてほしい。

だから、しょうもない陰陽論はやめにしよう。それぞれが自分に合った生き方をし、干渉しない。自分と気が合う人とつながり、その世界の中で交友関係を持つ。もちろん、持たなくてもいい。それでいいではないか。おのおのが理想の生き方を体現し、共存する。それこそが最も生きやすい社会ではないだろうか。

今の日本は、その正反対にあると思う。みんながこのことに気づいて、より住みやすい社会になっていくことを切に願う。